相楽園 インタビュー

明治末期に完成した神戸の街に佇む荘厳な庭園「相楽園」

海外への窓口となる港街として発展してきた神戸は、異文化も身近に感じられるハイカラな街となった。そんな神戸の街には意外と知られていない隠れ名所も多く存在する。異文化漂う北野の街並みからほんの数分歩いた閑静な住宅街の中に、佇む庭園、「相楽園」は、その長い歴史を感じながら憩いの時間を過ごせる場所である。今回は「相楽園」の園長を務める乾高彰さんに庭園の概要や街の魅力についてお話を伺った。

3世紀に渡る歴史ロマンと意外な事実

「相楽園」
「相楽園」

――とても風情のある邸宅ですが、この庭園の概要について教えてください。

乾 園長:相楽園は第11代神戸市長、小寺謙吉氏の先代、小寺泰次郎氏の邸宅でした。1885(明治18)年頃から建築に着手して明治末期に完成、その後、1941(昭和16)年に神戸市に譲渡され現在に至ります。園内は明治期の欧米化の影響を受けて広場なども併設され、「旧小寺家厩舎」は全国的見ても例のない重厚な洋風の厩舎です。開国した当時の欧米化と和が折衷したような雰囲気を感じさせる庭園ですが、荘厳でもあり、神戸らしさも感じられると思います。

多様な植物を鑑賞できる
多様な植物を鑑賞できる

――個人の邸宅だったのですね。小寺泰次郎氏とはどのような方だったのでしょうか。

乾 園長:小寺一族は三田藩を統治していた九鬼一族に仕えた武士でした。九鬼一族というのは、元々、志摩国鳥羽藩を拠点に秀吉の九州・朝鮮遠征などの水軍総督を務めた九鬼水軍として有名です。江戸時代に入ると、三代将軍家光が九鬼水軍の力を恐れ、従来の領地から三田(兵庫)と綾部(京都)に領地を移動させました。

その後、廃藩置県までの約240年間、それぞれを統治することになるのですが、三田藩は当初から財政難に陥っていた藩でした。そこで、小寺泰次郎が九鬼隆義から才を買われ、三田藩の財政改革に白州退蔵や沢野応吉の補佐役として参画することになりました。小寺泰次郎は九鬼隆義・白州退蔵とともに輸入商社である「志摩三商会」を設立し成功を納め、その後独立し、不動産・金融業に乗り出し、これも成功を納め一躍大富豪となりました。

樹齢500年超のクスノキや白松、ツツジなどたくさんの植物が植えられている
樹齢500年超のクスノキや白松、ツツジなどたくさんの植物が植えられている

その後、小寺は神戸三宮付近の土地を買い、今も残る山手新道の道路整備や、「神戸女学院」の前身である「女子寄宿学校」、「神戸ホーム」の創立にも関わっています。外国への窓口としての神戸港の価値と、将来の神戸の街を見据えた考えによって小寺は動いていたと言われています。小寺・九鬼一族・三田藩を巡る240年の歴史が現在の神戸の発展に大きな影響を及ぼしているのです。

――家光が九鬼水軍を恐れて志摩から追い出さなければ、現在の神戸の街並みは全く違っていたかもしれないということですね。「相楽園」という名前にはどういう意味があるのでしょうか?

乾 園長:神戸市に譲渡されるまでは「小寺邸」とか、たくさんの蘇鉄(ソテツ)が植えられているので「蘇鉄園」と呼ばれていたのですが、1941(昭和16)年に市へ譲渡されたのをきっかけに、中国の古書「易経」の一節にあたる「和悦相楽(わしてよろこびあいたのしむ)」からとって「相楽園」と名付けられました。

荘厳な雰囲気で感じる歴史と文化の息吹

1902(明治35)年頃に建てられた「旧ハッサム住宅」
1902(明治35)年頃に建てられた「旧ハッサム住宅」

――見どころについて教えてください。

乾 園長:歴史ある建物と植物の共演が「相楽園」の柱と言えます。建物は重要文化財に指定されているものがあり、植物に関しても樹齢300年を超えるものを含め、たくさんの種類が植えられているので、季節の移り変わりで表情が変わるのも当園の見どころです。

――重要文化財もあるのですね。

乾 園長:「旧小寺家厩舎」「船屋形」「旧ハッサム住宅」と神戸市が管理している6つの重要文化財のうち、3つがこの「相楽園」にあります。「旧小寺家厩舎」は小寺謙吉氏が河合浩蔵氏に設計を依頼して、1910(明治43)年頃に建築した厩舎で、戦争・震災を免れて当時の姿をそのまま残しています。

建築当時の姿をそのまま残す「旧小寺家厩舎」
建築当時の姿をそのまま残す「旧小寺家厩舎」

「船屋形」は江戸時代に姫路藩主が河川での遊覧に使っていた「川御座船」の屋形部分を陸上げしたもので、建造年代は、1682(天和2)年~1704(宝永元)年の間と推定されていて、春慶塗や黒漆塗、金箔を施した飾り金具など、非常に華麗で繊細な造りとなっています。

現存する川御座船としては国内で唯一の「船屋形」
現存する川御座船としては国内で唯一の「船屋形」

「旧ハッサム住宅」は英国人貿易商のハッサム氏が、1902(明治35)年頃異人館街に建てたもので、木造2階建、寄棟造棧瓦葺の和洋折衷建築物です。1963(昭和38)年に当園に移築されました。このように非常に歴史的・文化的に貴重なもの、しかも非常に神戸らしいものばかりがあるのです。

――次に植物についても見どころを教えてください。

乾 園長:先程、欧米化という表現もしましたが、庭園としては日本式庭園がベースになっています。大きな池を中心に配置して、その周囲に順路を巡らしています。蘇鉄が多く、「蘇鉄園」と言われていたこともありますが、100株を超える蘇鉄が植えられているところは他にはなかなかないと思います。

園内には100株を超える蘇鉄(ソテツ)が植えられている
園内には100株を超える蘇鉄(ソテツ)が植えられている

1907(明治40)年に鹿児島から移植されたと言われている樹齢約300年の蘇鉄は神戸市の「名木」にも指定されています。庭園中央にある大きなクスノキは樹齢500年を超えています。その他、庭園内にある白松は通常2枚葉の黒松・赤松と違って3枚葉になっており、縁起がいいと言われています。園内一円に植えられたツツジは春には見事な色合いになって見頃となります。

活気と人の行き交う多面都市、港町神戸

周囲の街並みと見事に調和する相楽園
周囲の街並みと見事に調和する相楽園

――季節ごとにイベントも開催されるそうですね。

乾 園長:8月の終わりごろの2日間に、夏の風物詩として庭園内にろうそくの灯をともす「にわのあかり」を行っています。秋になると「神戸菊花展」が毎年10月20日から11月23日まで開催されます。冬は1月上旬から中旬にかけて「冬ぼたん展」があります。「夏の夕涼み」「冬のゆうべ」というイベントでは、設営したCカフェでアルコールなども楽しんでもらえるようにしたり、「神戸菊花展」「ボタン展」に合わせて、ライブも開催しています。春や秋には中庭に七輪を置いて、肉を焼いたりするイベントも行っています。

本邸宅の跡地に建てられた「相楽園会館」
本邸宅の跡地に建てられた「相楽園会館」

――乾さんの一番おすすめの場所、いつもここに立つと心が落ち着くなど、がありましたら教えてください。

乾 園長:私は園内の西の端にある滝の少し手前から、大きな灯篭と「浣心亭」を眺めるのが好きですね。秋には「浣心亭」までを結ぶ視線上にモミジの枝が風流に感じられて、その光景がとても好きですね。初めて来た人は「相楽園会館」の手前から庭園全景を俯瞰して見る光景に感動される人が多いですね。

茶室「浣心亭」
茶室「浣心亭」

――「三ノ宮」駅からそれほど遠くない場所ですが、この辺りの雰囲気はいかがですが。

乾 園長:道を挟んで県庁が目の前にあり、「神戸山手大学」「こうべ小学校」など周囲には学校も多いのですが、住宅街の中で、神戸や元町のような騒々しさとは無縁ですね。三宮や元町に徒歩で繰り出せる場所で、公共施設も多く、北野にもすぐ近くです。山と海が目の前に広がる自然環境と利便性の高い場所でありながら、こんなに閑静な環境に恵まれた場所は探してもそう多くはないと思います。

――イベントも開催され、地域との関わりも大きいと思いますが、この地域の方々の雰囲気はどのような感じでしょうか。

乾 園長:「相楽園」は普段から、ご近所の方の憩いの場として利用していただいていることが多いです。年間フリーパスがお手頃な値段で手に入るので、それを利用される方も多いです。当園は敷地が高い壁で囲まれていますし、小さなお子様連れでも安心してご利用いただけます。住宅街の真ん中にある少し贅沢な公園といった感じでしょうか。でも、この近くの住人の方でないと普段、三宮や元町に出てこられる方でも当園の存在を知らない人も多いですね。そういう部分についてはこれからの課題でもありますね。

神戸市立相楽園 乾園長
神戸市立相楽園 乾園長

相楽園

園長 乾 高彰さん
所在地:神戸市中央区中山手通5-3-1
TEL:078-351-5155
URL:http://www.sorakuen.com/
※この情報は2017(平成29)年2月時点のものです。